わすれていくひび

「逃げきれた夢」を見た。

ああ、こういう映画が見たくて映画館に来てるんだよなってしみじみ思う映画だった。何も起きない、人生の途中を切り出したような映画。1人のおじさんが病気を宣告され、とは言えそれも具体的病名などは提示されず、終わりの予感を帯びているに過ぎないのだけど、終わりを知って人生を生き直そうとするも、そう思うだけで、具体的には何もできず、ただから回る。「生きる」のような、よき話には転ばない。それにしてもとにかく演出がうまい。冒頭から何の説明もされないまま、しかしこの人物の背景やら、立ち位置やら、しがらみやらを、リズムよくポンポンとみせてくる。そして常になにかが起きそうな予感を漂わせる。何も起きてないのにハラハラする。その廊下の先になにがあるのか、誰がいるのか、移動がいつも予感に満ちているし、定食屋でお金を払い忘れるくだりで発するたった一言が映画全体に不穏な空気を帯びさせる。何も起きないけど、ものすごく色んな予感だけを漂わせる。そしてこの男は、最後まで何も成し遂げず、大事な事は何も言わない。ただ人生の途中のどうしようもなさをそこに残していく。ほんの少しだけ出てくる松重豊の見事なたたずまいもだけど、役者陣が全員素晴らしすぎた。最後の喫茶店での元教え子との会話の緊迫感は鬼気迫ってすごい。だけど基本的にやっぱり何も起きない。でも何も起きてないような、そんな小さなことの積み重なりが影響しあって人生になっていく。途中でそれはある人によって語られる。変わること、取り戻すのは簡単なことではない。でもこのあと変わるかもしれないという希望がこの映画にはある。とにかく、なんというか、大傑作でした。

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