なきすぎてずつう

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」を見た。

じつにていねいに作られた映画だった。終わってみてそんなに時間が経っていないことに驚く。そんなに長くない上映時間の中に豊かな時間があった。「ぼく」が生まれるところから映画ははじまる。そこから少しずつ成長していく。宮城の小さな港町。両親は耳が聞こえない。幸せな子ども時代。母との他愛もない遊び。ただ学校で友達ができると少しずつ周囲との差を感じ始め、自分の家庭環境が特殊であることが恥ずかしくなっていく。そして親を恨むようになっていく。それが多くを語らずに、ものすごく静かに描かれていく。やがて成人し東京に出て、そこで出会う大切な人たちは手話を通じて仲良くなった人たちで、そうやって自然に時間が流れていく。そして迎えるラスト。かつてあった母との日々を思いだし、そして突然映画から音が消える。静かな劇場に響き渡るのは、自分の口から発せられる嗚咽だ。そしてすすり上げる鼻水の音だ。それだけが劇場に響く。これは拷問だ。いや、ほんとに。死ぬほど泣かされた。「ぼく」と母の日々を想像し、そして自分の母のことを思い出し、涙が永遠に止まらず、頭痛がしてくるくらい泣いた。まっすぐ家に帰る気にも、酒を飲む気にもなれず、ただ30分くらいぼんやり夜の街を歩いた。なんてものを見せてくるんだ。で、この映画レトロゲーム登場映画でもありました。小学生の「ぼく」がファミコンスーパーマリオで遊ぶ。たしかカセットにふーって息を吹きかけてた気がする。中学時代の部屋にはゲームボーイの初期型がおいてあった。「ぼく」は83年生まれとのことで、ちょっと時代にあってない。もしかすると誰かのお古をもらってきたのかな?という感じもあって、そのへんはちょっと聞いてみたいところだったりする。

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