こんわくしきった

「マミー」を見た。

この事件の当時わたしは新聞社で働いていた。20世紀を総括する本を編集していて20世紀末の大きな事件として和歌山カレー事件を取り上げたことを覚えている。当時、テレビでは連日このニュースをやっていて、ホースで取材陣に水をかける林眞須美の姿の強烈さに何この人?と思った。ヒ素を使って何人もの男を手玉にとって保険金詐欺をしていたというので、テレビで見る感じとは違う色気のような何かがあるんだろうなと感じたのを記憶している。とにかく怖い人であるという印象で、犯人なんだろうなくらいにしか思ってなかった。久しぶりにこの事件を思い出したのは数年前に見た映画「99.9-刑事専門弁護士-」の劇場版だった。恐らく和歌山カレー事件をベースにしたと思われる話で、犯人は逮捕された人物とは別の人物だったというものだった。和歌山の事件もそういう可能性があるのかなと頭のすみに残った。そしてしばらく経ってこの映画だ。平日の昼の回で見たけど劇場はそこそこ混雑していた。わたしと同年代以上の人が多かった。見て少し困惑した。何を見せられたか、頭がちょっと整理し切れない。そういう映画だった。まずめちゃくちゃ怖い映画だ。そしてすごく面白かった。面白いなんて言ってはいけないんだろうけど、あらゆることがひっくり返される映画だ。当然のようにわたしもこの人を「怖い人」「何をするかわからない人」という目で当時見ていたし、作り上げた印象によって人を断罪していた一人だ。事実より物語が優先されて、それによって証拠が作られ、誰かが裁かれる。最近見た「正義の行方」というドキュメンタリーにも通じるテーマだし、マスコミが作り上げる印象という意味では「ミッシング」にも通じる話で、報道により作られ印象の怖さを痛感する。現代はSNSでマスコミ以外でも一気に誰かの印象がつくられる。一つの不用意な書き込みがきっかけで壊れるまで断罪が続く。それが極刑にまで至る恐怖。ただこの映画はそこだけに焦点を当てていないように思う。そこが困惑を生む部分だ。夫の健治が語るあまりにあっけらかんとした当時の詐欺の真相。これがもうなんというか驚きしかないというか、笑うしかなかった。もう一人の被害者の存在。その久々の対面をカメラは追う。そして今は命を絶ってしまった家族の存在。真相を究明する映画にはなっていないけど、すべてを俯瞰しながら、もしかして?と感じさせる何かを心にすっとおいてくる、そういう映画だった。やはりとても面白かった。面白いなんて言ってはいけないんだろうけど。

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