つみきみたいだな

「悪は存在しない」を見た。

積み重ねながら一気に壊してくるような映画だった。見たのはもう1週間前だ。なかなか書けずに放置してしまった。見始めて最初の感想は、「あ、この映画見たことある!」だった。いや、実際に見ていたのだ。1週間前に、「エルスール」を見に行ったときに、間違えて別の映画が流れて、冒頭3分ほどただ森の中をただカメラが移動するシーンを見ていた。「エルスール」ってこんな映画だったっけ?って思いながら見ていたあの森のシーンはこの映画の冒頭だった。黄金町のジャック&ベティでのことだ。「悪は存在しない」。ドライブマイカーの橋口亮輔監督の新作とあって、劇場は超満員だった。立ち見(補助席)が出てそれも売り切れるほどの盛況ぶり。いいことだ。こんな静かな映画に人が入る。こういう地味な映画ほど満員の劇場で見るのが嬉しい。とにかくそれほどに地味な映画だ。基本、何も起きない。ただすごい予感が漂う。とんでもないことが起きそうな予感がずっと支配する緊張感。森をただ見上げてカメラが移動するファーストショットから予感がすごい。なんの説明もないのに、森を何分も移動してるだけなのに、引き込まれる。なにかが起きる予感がする。そして静かに物語が始まる。田舎の日常が淡々と描かれる。ただつねにイヤな予感がある。遠くで聞こえる狩りの銃声。氷の張った湖。ひとり遊びをする少女。すごいなこの映画。何の話なのかもわからないのにずっと怖い。映像と音楽の効果は大きい。有名な俳優は出ていない。主演の俳優はもともとスタッフで参加した人だという。ほどなくして物語が動く。その土地に都会の芸能事務所がグランピングの施設を作るという。その説明会に住民が集まる。説明に来たのは代表でも設計責任者でもなく、ふだんは芸能人のマーネージャーをしている男女2人。住民が疑問を投げかける。それに持ち帰りますという返答をする。この説明会のシーン。まるでドキュメンタリーかと思うほどにリアリティがある。怒りとも不安ともつかない感情の投げかけと、それに対する事務的なかわし。しかしそこに感情がないわけではない。きちんと揺らいでいる。人間が単純に描かれていない。この説明会ふくめ、何か決定的なことが起きたりするわけではなく、けど確実にそこに何かが起き始めている、いや、起きている。その小さな積み重ねが、少しずつ積み上げられている。そういう映画だ。大きな要素としてグランピング施設話が登場するが、その行方がどうなるかは実はそれほど重要視されない。映画に描かれるのは「分かりあえなさ」だ。人と人。そして人と自然。「上で起きた小さなことが下に流れて大きな事態を起こす。上から流れた水が下に行くにしたがって、おかしなことになる。だから上にいる人は責任を持って行動しないといけない」村長がこんなことを言う。小さなことが大きな事を生む。積み重ねが結果を生む。そしてそれ以上に圧倒的な不条理が世界には存在する。衝撃的なラストシーンはある種のメタファーであるとは思うけど、そこでタイトルの意味が浮かび上がってくる。物言わぬラストが訴えかけてくるものは大きい。昨年の秋頃見た「理想郷」という映画を思い出した。都会から来た人と地元の住民との分かりあえなさを描いた…あの映画も発電所開発の説明会が印象的な映画だったが、もの言わぬラストの衝撃もかなり似ている。ずしんとくる映画だった。

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