いのってしまうよ

「あんのこと」を見た。

頼む、頼むから、1ミリでいいから幸せになってくれ、と祈りたくなる映画だった。結末はわかっている。しかしそれに向けて映画が進むにつれ、その結末にどうにかして至らないで欲しいと、祈ってしまう。コロナ禍で失われたものに向き合う映画だ。こんなにあのときの日常がおかしくなっていく空気をとらえた映画はないかもしれない。日常が壊れていく感じ。あのなんとも言えない世界が変わる感じ。やるせない気持ちになってくる。光が少し見えかけたのに…希望が持てる一歩目を踏み出し所だったのに、ひとりの少女がつかみかけたものが崩れ落ちる。やるせない。とにかくなんともいえないほどにやるせない気持ちになる。それほどまでに彼女に感情移入させる。彼女を応援したくなる。そういう映画だ。とにかく彼女のことを応援したくなるのだ。そこにいるたたずまいだけでとんでもなくその人の憑依を感じさせる河合優美の神がかった演技。シャブ中でウリをやってる最初のシーンの完全に終わった感じのすさまじさから、きちんと生き直そうとして少女らしさのようなものを少しずつ取り戻し始める過程の見せ方の見事さ。声の出し方が変わる。少し子どもっぽくなる。そしてちょっとしたことで笑うようになる。それを見ているだけで嬉しくなってくる。はじめてきちんと働いてもらった給料を持って、仕事の帰りに店によってスケジュール帳を手に取る。「薬をやらなかったら日付に丸をつけろ」と言われたことを守ろうとしている。まずそうやって手帳を手に取ったことに涙がにじむ。だけど、その手帳を万引きしようか迷い始める。お金を払わずにカバンに入れるか、入れないか、微妙な小さな動作をする。あ、万引きしちゃう?というところでハラハラする。でも思い直してレジに向かう。そこでほっとして、手帳と一緒に買うものにぐっときて涙が流れる。セリフのないたった数十秒のシーン、小さな動きだけでこれだけ感情を揺さぶってくる。そしてかなり経って彼女の口から語られる万引きについての過去、それからそのときもらった初任給の額、あとで聞く情報によって、このただ手帳を買っただけのシーンの重みが変わってくる。終始この感じで物語が進む。小さな演技の集積にあとで情報が上乗せされて感情が一気に動かされる。起きたことを放っておかない。あとでエグる。ただのかわいそうな映画でも感動作でもない。ものすごくよくできたサスペンスだしミステリーだしホラーでもある。コメディ的要素もある。そして描かれる人たちは共通してグレーな人たちである。善人もただ善人ではない。アウトな側面がある。誰しもそうである。稲垣吾郎ブルーハーツを熱唱するシーンもある。それだけでも見る価値がある。とんでもなく層の厚い映画だった。

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